2012年8月29日水曜日

大手事務所のアソシエイトに課されたノルマ


大手事務所のアソシエイトは給料も高いが、ノルマもきつい。事務所によってばらつきもあるが、1年目で約16万ドルの給料がもらえる。現在円高なので、1280万円程度であるが、リーマンショック前の為替レートでは1600万円を超えている。

それでは、彼らに課されているノルマは何なのであろうか。事務所によって差があるが、年間1800から2200時間Billable hour(ビラブルアワーといって、クライアントにチャージできる時間数)を付けるようにとのノルマがある。クリスマスバケーションやサマーバケーションを考えると、この時間を単純に12ヶ月で割るわけには行かない。11.3ヶ月で割ってみると、月に159時間から195時間のビラブルアワーが必要になる。1ヶ月は22日くらいなので、1日にすると7.2から8.9時間のビラブルアワーが必要になる。しかし、クライアントに請求できる時間を一日8時間とは、真面目に正直に時間をつけると大変である。クライアントにチャージできる時間は一日の中でそれほど多くない。もちろん、最新判例を勉強したり、法律雑誌に原稿書いたり、所内でのセミナーの準備、営業もかねてのクライアントからのちょっとした質問に答えたりするのは、全てビラブルではない。

2000時間でも大変なのに、東京にもオフィスがある有名な某事務所のノルマは年間2400時間だというのだから驚く。

このビラブルアワーがある一定時間に達しないと何が起こるかといえば、リストラされる可能性が高くなる。リーマンショック後、弁護士事務所の仕事自体減少傾向にあるが、仕事がなければビラブルアワーどころではない。しかし、この目標を達成しなければリストラの危険がある。どう考えても仕事をだらだらやって時間をつけているとしか思えない弁護士もいる。クライアントが多いパートナーにうまく気に入られて、仕事を回してもらえるようにと工作する者、オフィスでの電話会議中にこっそりと他のクライアントの仕事をして、2時間の電話会議だったのに、2時間の電話会議プラス別件の書面作成時間1時間が加わって何故か合計3時間のビラブルアワーがついている者、生き残るためにはどんな工夫もいとわない。生活がかかっている。リストラされてしまっては、ロースクール時代の1000万円以上の借金が返済できない。

ビラブルアワーが一定時間を越えると、ボーナスがもらえるのである。クライアントのことを考えて少なめに時間をつけるインセンティブなどどこにもない。あとは、クライアント自身が文句をつけるか、そのクライアントを担当しているパートナーが請求書をチェックして弁護士のビラブルアワーを削るかである。ただ、ビラブルアワーをかなり削るのは事務所内の規則やパートナーの事務所内での権力等が左右するので、そう簡単にはいかない。

2012年8月24日金曜日

アメリカの法律事務所に関する情報源の偏り-その2


つづき
 
「法律事務所で『研修』する」という言葉にはトリックがある。日本では、アメリカ事務所で「研修」と言って、まるで修習生が事務所で修習しているかのようなイメージを描いている人がいるかも知れない。しかし、現実は異なる。アメリカの大手法律事務所は「研修」ではなく「営業」と思っている。つまり、研修生を受け入れることが事務所の営業になると判断したので、受け入れている場合がほとんどなのである。例えば、今まで取引関係のない日本の法律事務所がアメリカの事務所に研修生を受け入れて欲しいと依頼した場合、アメリカ事務所内部で何が話し合われているかといえば、「研修生を受け入れることで仕事の依頼が来るか」である。「その弁護士が所属する日本の事務所はどれくらい仕事を持ってくる見込みがあるのか」「研修生は将来日本の事務所のパートナーになれるのか」「日本の事務所が既に使っているアメリカの事務所はあるのか」「もしあるのであれば、その事務所の仕事をこっちの事務所に移すことはできるのか」等である。

このような検討の結果、研修生の受け入れが事務所の営業につながると判断した場合、研修の受け入れが決定される。アソシエイトやスタッフに周知徹底されるのは、「研修生はクライアントのようなものだから、事務所のまずい部分は絶対に見せてはいけない。」である。つまり事務所として研修をさせるつもりは全くないのだ。すなわち、研修先のパートナーは研修生が所属している事務所から依頼されている仕事以外の仕事に関わってもらおうという気持ちがない。どうやったら、研修生が将来自分のところに事件を運んできてくれるようになるのか、そのためには何をすればよいのかを考えている。

最近、日本の法律事務所から研修生を受け入れることに消極的な事務所が多い。アメリカ事務所の選択権限を持つのは企業であって法律事務所でなくなってきていると分かっているようである。昨今、日本企業からアメリカに留学する人も多く、彼らを研修生として受け入れる方が法律事務所の留学生を受け入れるより営業につながるという発想のようである。将来出世して部長になるかもしれないと、研修生を接待しまくるパートナーもいる。郊外の高級住宅で行われるホームパーティーに招待したり、お昼ご飯をご馳走したりと大切にする。
このような研修経験者たちがアメリカの法律事務所に関する情報の情報源だとしたら、日本に入ってくる情報は非常に偏ってしまうに違いない。

2012年8月23日木曜日

アメリカの法律事務所に関する情報源の偏り-その1


日本にいると、アメリカの大手法律事務所の話ばかりよく聞こえてくる。アメリカには大手事務所しかないような錯覚に陥りそうな気さえする。しかし、現実は違う。下記ウエブサイトによると、アメリカの70パーセントの弁護士は、弁護士数が20人より少ない事務所で働いているということである。


ということは、弁護士が500人以上もいるような巨大事務所で働いているのはアメリカの弁護士総数からすれば、一握りである。特に、リーマンショック後、巨大事務所からリストラされたクライアントの少ないパートナーたちによって小規模事務所が乱立している現状からすると、巨大事務所の弁護士はアメリカ法曹全体からすると極一握りなのである。

しかし、日本に聞こえてくるのは、圧倒的多数派である小規模な事務所で働いている弁護士の生活ではなく、少数派である巨大事務所の弁護士の生活である。巨大事務所のアソシエイトの初任給は1000万円以上、何億円もの収入があるパートナーもたくさんいる等という羽振りの良い話はよく聞く。もちろん、日本企業と係わり合いを持つような事務所は大手に限られるし、渉外事務所の弁護士が研修するのも大手事務所に限られるので、それは仕方ないことだろう。ただ、大手事務所に関しても正確な情報が日本に伝えられているのか疑問である。

つづく。。。

2012年8月20日月曜日

アメリカのロースクールに関する情報の偏り-その3


つづき

リーマンショック前の景気がよかった頃の話である。上位40パーセントに入るロースクールを卒業した知人が、就職のために何百もの法律事務所に履歴書を送ったが、返事が返ってきたのはわずか4つの事務所だったそうだ。それでも彼は理系のバックグラウンドがあったために知財をやっている事務所に就職できたので、自分はとてもラッキーだと話していた。彼の友人には弁護士としての仕事に就けなかった人がたくさんいるそうだ。

40代後半の弁護士からリーマンショック以前に聞いた話であるが、両親の具合が悪くなりカリフォルニアに持っていた自分の法律事務所を閉めて、東海岸に移動することにしたが、その際に年収4万ドルで弁護士を募集していた事務所に応募したそうだ。4万ドルといえば320万円である。それほど安い給料なのに、多数のロースクール卒業生が殺到しているということを事務所のオーナー弁護士から聞かされたそうだ。

事務所の同僚弁護士が、「ケーブルテレビの配線にやってきたのが、ロースクールのクラスメートだった。元クラスメートは『この方が儲かるんだよ』と言っていた」と話していた。これもリーマンショック以前の話である。

リーマンショック前でもこのような有様なので、リーマンショック以後は目も当てられない。ロースクール在学中に就職先が決まらなくてLL.M.に入学した人の話によると、ロースクールの実務をやるクラスのクラスメート8人中7人が卒業までに就職が決まっていなかったそうだ。弁護士の募集はないかと問い合わせが、私にまで来る。知人を通じて来ることもあるし、全く知らない人から突然来ることすらある。

リーマンショックになってからは当然のこと、リーマンショック前であっても、上位4分の1に入っていないロースクールでは、成績がかなり優秀でない限り就職が難しかったようだ。

2012年8月16日木曜日

アメリカのロースクールに関する情報の偏り-その2


つづき

エリートロースクールの学生は、大手事務所のサマーアソシエイトプログラムに募集する。その際、在学するロースクールの知名度と1年生の時の成績は重要である。幾つかの法律事務所にサマーアソシエイトの願書を出す。エリートロースクールの優秀な学生なら複数の事務所からオファーをもらって、一つの事務所に絞る。通常2年生から3年生になる夏休みに働くことになる。1週間で約3000ドル(24万円)という破格の給料をもらう。まだ、ロースクールで2年勉強しただけで、弁護士として使えるわけではないのに特別待遇である。

特に問題がなければ、サマーアソシエイトをした事務所からオファーが来て、その事務所に無事に就職することになる。卒業すると、初任給約16万ドル(1,280万円)という新人エリート弁護士が誕生する。

しかし、普通のロースクールに入った者は、よほど成績上位者でない限り、このように恵まれたサマーアソシエイトの機会を与えられることはない。2011年、弁護士が250人以上在籍する法律事務所(上から約160番以内の規模)に就職できたのはロースクール卒業生のうち、わずか8パーセント弱だそうだ。

だからといって、贅沢なサマーアソシエイトの職に就けなかった者が夏を遊んで過ごすわけではない。少しでも履歴書をよく見せて卒業後の就職に結びつけるため、給料がゼロに近い小規模の事務所や政府機関等でインターンシップをする人もいる。リーマンショック後は、無報酬のインターンシップですら見つけるのが難しくなっている。

では、彼らの卒業後はどうなるのだろうか。

2012年8月14日火曜日

アメリカのロースクールに関する情報の偏り-その1


最近、日本の法科大学院批判が盛んに行われ、その際にアメリカでは○○であると引き合いに出されているが、そもそも日本語で入手できるアメリカのロースクールに関する情報がかなり偏っているような気がする。
アメリカのロースクール情報はもっぱら、ロースクールに留学した渉外事務所の弁護士によるものが多いのであろう。渉外弁護士といえば、弁護士の中でもエリートであり、アメリカのロースクールに留学するとしても、エリートロースクールへの留学しか考えていないようだ。ハーバード、コロンビア、スタンフォード、ニューヨーク大学等々の超エリートロースクールである。彼らにとってみれば、ABA認定ロースクール200校程度のうち、上位10パーセント以内のロースクールに入学するのが当然なのであろう。すると、彼らによって日本に伝えられるロースクール情報は上位10パーセントのロースクールとその卒業生の情報ということにならないのか!?
しかし、アメリカにはまだまだ下位90パーセント分のロースクールがあって、それらの卒業生も法曹資格を得るということを忘れてはいけない。