2014年9月20日土曜日

アメリカの法律事務所の危うい一面

アメリカでは、500人、1000人規模の法律事務所が経営破たんすることがある。それも、雪崩を起こすように、大きな事務所が半年くらいの間にバタッと倒れてしまうことがあるのだ。


その理由について色々考えてみたが、大きく上げると3つあると思う。一つ目は、弁護士は経営のプロではないが、法律事務所のトップは経営のプロでない弁護士がなるということである。二つ目は経営状態に関する正確な情報が外部に分からないだけでなく、内部の人間にすら分からないことである。三つ目は、弁護士の移籍は頻繁で、クライアントが弁護士の移籍に伴って移籍先の事務所に移っていくことである。


私の個人的な感覚からすると、二つ目の「経営状態に関する正確な情報が外部に分からないだけでなく、内部の人間にすら分からないこと」というのは実は大きな要素を占めているような気がする。法律事務所はいくら弁護士が500人以上、スタッフメンバーを合わせれば1000人を超えるような巨大な事務所であっても単なるパートナーシップの団体に過ぎない。株式会社のような株主への開示や説明義務が詳細に決められているわけではない。個々のパートナーの契約によって決められるわけだ。その個々のパートナーの契約は事務所ごと又はパートナーごとに様々であり、外部からだけでなく、内部で働いている弁護士にとっても個々の契約内容が分からないことが一般である。パートナーという肩書きがあっても経営方針についてや財政について全く知らされていない人も多くいる。名前だけパートナーで実はアソシエイトとあまり変わらないような働き方をしている人もいる。事務所の内部情報について言えば彼らは全くもって萱の外である。
そこで、憶測が働く。「あの事務所は危ないらしいぞ」という噂が走ると、クライアントを抱える弁護士はクライアントとともにその船から飛び降りる。特に、有名な規模の大きい事務所の噂の方が広まりやすいので加速も早い気がする。最近、そのような噂はネットを通じて広まるので、事務所の経営陣は多額のお金を支払って、ネットで良い情報を流すように法律関係メディアに発表をしたり、悪い噂を記載する記事をブロックするサービスにお金をつかったり、必死になる。


クライアントとともに弁護士がグループでいなくなったとしても、事務所の家賃は払い続けなければならないというのが一般である。例えば、ビルの3フロアを借りていた事務所が、弁護士がいなくなったので、1つのフロアの賃貸契約を解約することは許されない。直前に5年契約を更新していたら、5年間は解約できないのだ。弁護士がごっそりいなくなっても、家賃を5年間支払う義務がある。
又貸しするのは自由であるが、借りる人を探すのは容易でない。


また事務所によって異なるが、エクイティーパートナーになるには一定額を拠出することが多い。拠出額に応じて利益の分配を受けられるのである。お金を拠出したパートナーが事務所を移籍するときは、事務所はそのパートナーに拠出した金を返さなければならない。事務所にとっては、クライアントを取られてしまうという痛手だけでなく、拠出金を返還するという痛手まで負うことになる。事務所が危なくなってくると、拠出金を得ようと、パートナーを増やそうとする事務所もある。そこで、一般論として事務所にパートナー弁護士ばかりがいる事務所は要注意と言われる。


法律事務所というのは、資産として持っているのは流動性が非常に高い「弁護士」+クライアントという商品と事務所名というブランドくらいしかないにも関わらず、かなりの借金をして経営しているところが以外に多い。借金経営をしている事務所が多いという証拠に、借金をしないでやっている事務所はわざわざ「うちの事務所は他の事務所とは違って借金経営ではないのです」ということすらある。
さらに法律事務所は、一般の企業と違って、「今年得た利益は、来年のためにプールしておいて、不況に備える」という発想に乏しいようだ。


上記のような事情が重なり、クライアントとともに弁護士が流出すると、固定費を支払うことが出来なくなり、最終的に事務所がなくなってしまう。1000人以上の弁護士がいた事務所ですら、半年で消滅してしまうことすらある。


立派そうに見える法律事務所でも薄氷を踏むような状態で経営しているところもあるかもしれない。内情を外部だけでなく内部の弁護士にも隠し続けながら。