2012年12月24日月曜日

「弁護士の数が増えれば訴訟が増える?」の誤解-その3


つづき

訴訟を増加させるのに大きな役割を果たしているものとしてあげられるのは陪審制度である。

陪審制は一般のアメリカ国民から選ばれる。評決には一般アメリカ人の庶民感情が色濃く出る。一般的には、高卒が多く、一部は大卒であり、アメリカ国外のことはほとんど知らない人が多い。利益追求だけで行動する大企業に対して普段から敵対心を持っている一般市民は多い。また、大企業の営利主義によって損害を蒙った原告に同情し、もし自分が原告の立場だったらこんな認定をして欲しいと思うような認定をしがちであり、大企業に対する高額な損害額を認めがちである。

アメリカでは当事者のどちらかが陪審員裁判を望んだ場合には権利として陪審での判断がなされる。陪審員は法律認定はできずに事実認定しかできないが、この事実認定は法律認定以上に判決の結果を左右することが多い。陪審員はどうやってその認定をしたのか理由を開示する必要はなく、裁判官からの質問が書いてあるシートに答えるだけである。判断過程はブラックボックスで、例えば損害額の算定は事実認定として陪審員によって行われるが、実際にどのよう計算されたのか知るすべもない。評決には金額しか出てこないのである。詳しいことは割愛するが、例えば、どんな合理的な陪審員もこのような証拠からこのような結論を導くことはできないという場合など一部の場合を除いて、裁判官が陪審の評決を覆すことはない。

特に大企業に対する訴訟に対して、陪審員はそもそも実際の損害額の認定額を高く判断しがちである。アメリカにはこれにプラスしてさらに、賠償額が高くなる可能性のある制度が存在する。それは、不法行為に関する懲罰賠償という制度である。これは、懲罰目的で実際の損害額よりも多い額を賠償額とすることができる。実損害額が高額に認定されやすい上に、その実損害額を懲罰目的から3倍にすることが可能なのである。

そこで、損害額が100億円を超えることも珍しくない。

これだけ損害額が高ければ、原告側の弁護士は、お金のない庶民に対して、勝訴するまで1セントも支払わなくてよい、と訴訟費用を立て替えてでも訴訟を引き受けようとする。以前の訴訟で買ったときの弁護士報酬をもとに、もっと大きな訴訟を始めることもできる。つまり、潜在的な訴訟を掘り起こすことになる。

被告側の大企業は、100億円以上支払わされる可能性があれば、その分野で有名な弁護士に依頼するために、年間数億円の弁護士費用をかけることもいとわない。

予想される賠償額が高ければ、和解金額も高くなる。賠償額や和解金額が高くなれば、成功報酬という形で弁護士費用を決めている弁護士にとって訴訟提起のインセンティブが高くなるのは当然である。
つづく。。。


2012年12月18日火曜日

「弁護士の数が増えれば訴訟が増える?」の誤解-その2


つづき

クラスアクションという言葉を聞くことは多いかもしれないが、その意味が本当に分かっている人は少ないのではないか。日本でも複数当事者が原告となって訴訟を提起することができるが、それはクラスアクションとは全く違うものである。クラスアクションの大きな特徴はOpt-out (オプト・アウト)である。指定されたクラスのカテゴリーに入っている原告適格者は自ら積極的に「自分は当事者になりたくないので抜けさせて欲しい」と意思表示しないかぎり自動的に原告になってしまう。日本では、「自分は原告になりたいので入れてください」と積極的に意思表示しないと当事者にならないOpt-in (オプト・イン)の制度を採用している。

例えば、製造物責任訴訟で問題となった特定のモデル機器を購入した人が1万人いるとしよう。裁判所がこれらのモデル機器を購入した人たちが全てクラスに入ると決定すると、クラスに入れないでくださいと積極的に意思表示しない限り、クラスアクション訴訟の当事者となる。これに対して日本では、問題のモデル機器を購入した被害者が積極的に参加を表明しない限り、当事者にはならない。アメリカに住んでいれが何回かは、「あなたはクラスアクションのクラスのメンバーに入っています。」という手紙を受け取った経験があるはずだ。

では、何故この制度が訴訟の数を増やす結果になるのか。

裁判所によってクラスの範囲が決定されると、クラスの範囲に入る人に対して、郵便、Eメールやインターネット等の方法により「あなたはクラスアクション訴訟のクラスのメンバーに入っています。原告から抜けたい場合は下記に連絡ください。」と通知される。しかし、手紙やEメールを受け取った人の大半は何もしないので自動的にクラスアクションのクラスのメンバーのままである。

例えば、一人の損害額がおよそ10万円くらいで、弁護士が5人の被害者を集めて訴訟を提起した場合、勝訴しても50万円の回収ができるだけである。たとえ、回収額の50パーセントを成功報酬と決めても、25万円に過ぎず、弁護士業務の手間に相当する分の報酬が得られない。つまり、弁護士として事件を受けるインセンティブはない。しかし、一人の損害が10万円でも5人の被害者をクラスの代表として1万人のクラス全員のために訴訟を起こせるのであれば、勝訴した時の賠償額合計は10億円になる。そこから、たった10パーセント成功報酬がもらえるということでも1億円の成功報酬になる。報酬が1億円になるのであれば、弁護士も訴訟を提起するインセンティブがあるというものである。

2012年12月13日木曜日

「弁護士の数が増えれば訴訟が増える?」の誤解-その1


最近、弁護士の人数が日本でも問題になっている。その際、皆が口にするのは、「弁護士の数が増えればアメリカのように訴訟が増えて、訴訟社会になる」という文言である。弁護士の数が増えるということは訴訟数を増やす一つの要素かもしれないが、それによって日本もアメリカのように訴訟社会になるかというとそれは無理であろう。なぜなら、アメリカには訴訟社会となりうる他の要素が存在し、そのほとんどの要素は日本には存在しないからである。

裁判所への手数料の決め方が違うこと、ディスカバリー制度、クラスアクション制度、陪審制、懲罰賠償等日本に存在しない制度が数多くあること、医療費が高額で無保険者が数多くいること等、理由を挙げたらきりがないくらいである。これから数回に分けて、各要素について説明する。

まず、裁判所へ支払う手数料であるが、日本のように訴額が高くなれば非常に高額な手数料を支払わなければならないということはない。例えば、連邦地方裁判所に提起する場合、訴額に関わらず350ドルである。日本円で3万円程度である。たとえ、100億円の損害賠償を請求する場合であってもである。この程度の額であれば、弁護士が個人依頼者のために立て替えることも簡単である。「勝訴しなければ、1セントたりとも支払わなくていいです」という法律事務所のテレビコマーシャルが流れているが、理解できる。

日本では訴額が100億円とかになれば、裁判所に支払う手数料だけで信じられない金額になる。

ディスカバリー制度があることも訴訟を提起しやすくしている要因の一つかもしれない。例えば、製造物責任訴訟で被害者側は十分な立証証拠を持っていないことが多いが、ディスカバリー制度を通じて製造者に関係書類一切を提出させることができる。不当に提出に応じない場合は、厳しい制裁が課される可能性も高い。これは、日本の文書提出命令などとは全く異なる制度である。このディスカバリー制度を利用することで、十分な立証証拠が手元にない場合であっても、ある程度の見込みがあれば訴訟提起が可能になるのである。つまり、自力では証拠収集能力のない被害者側も訴訟提起が可能となる。

次に説明するクラスアクションは、弁護士にとって訴訟を魅力的なものとする。

2012年12月7日金曜日

英米系法律事務所の傘下に入る日本の法律事務所


かつて渉外事務所として名の知れた「 東京青山・青木・狛法律事務所」という事務所は、ベーカー&マッケンジー法律事務所と名称を変更した。英語のウエブサイトから見ると、完全に米国のシカゴを拠点とする法律事務所、ベーカー&マッケンジーの東京オフィスという位置付けで、「(Gaikokuho Joint Enterprise)」と括弧書きがあるが、日本語が読めない人には何のことかさっぱり分からないであろう。ウィキペディアによるとベーカー&マッケンジー法律事務所には4000人以上の弁護士が所属しており、東京オフィスに100人以上弁護士がいたとしても、全体の割合から考えると極一部の少数派となる。実際の内情は分からないが、アメリカ本部の意向が強く働くことは容易に想像できる。

坂井・三村・相澤法律事務所もビンガム・マカッチェン・ムラセという米国法律事務所の東京オフィスという位置付けである。英語のウエブサイトの説明書きにも一部「Sakai Mimura Aizawa」という言葉は出てくるが、ウィキペディアによると1100人も弁護士がいる事務所に対して68人しか弁護士がいない東京オフィスの意向がどの程度反映されるのかは疑問である。

伊藤見富法律事務所は、かなり前からモリソン・フォスターという米国法律事務所の東京オフィスという位置付けである。英語のウエブサイトから「伊藤見富」という言葉を見ることはない。モリソン・フォスターも1000人以上の弁護士が所属する事務所で、東京オフィスは完全に米国事務所の1オフィスである。

日本経済が弱体化していると言われるなか、アメリカの法律事務所としてもゼロから東京オフィスを設立したいと思うほど日本の法曹市場に対して魅力を感じないだろう。ただ、既にある日本の法律事務所を自己の東京オフィスとする動機は十分あると思われる。弁護士増員により経営的に苦しくなった日本の法律事務所が英米系事務所の助けを求めることは十分考えられ、英米系法律事務所の傘下に入る日本の法律事務所は増加するかもしれない。

このウエブに書き綴っているアメリカ事務所のやり方が日本でのスタンダードになる日が近いということなのだろうか。

2012年12月1日土曜日

パートナーにも格付けあり その2


つづき

サービスパートナーは、クライアントに自分をアピールしてビジネスを獲得するということがあまり得意でない人が多いので、他のパートナーのクライアントを奪うような能力がなさそうであり、若干頼りなく見えるのが特徴である。ただ、ある程度仕事はでき、法律もよく知っているので、任せておけるというタイプである。クライアントを持っているパートナーが仕事を与えてくれなくなったら、事務所を辞めるしか道がないので、仕事を与えてくれるパートナーの言いなりになっている場合が多い。通常、アソシエイトより高額な固定給をもらっていて、アソシエイトと同様に年間のビラブルアワーのノルマがきつい場合が多い(「大手事務所のアソシエイトに課されたノルマ」参照)。また、事務所の仕事量が減るとリストラされやすいという特徴がある。自分で魚を釣ることができない船乗りは、どんなに魚をさばいて料理をするのが上手でも不漁が続けば船から降ろされるわけである。リーマンショック後には多数のサービスパートナーが荒波に投げ出された。

ここで一つ断っておくが、クライアントが事務所についている日本と違って、クライアントは弁護士についているのが一般的なアメリカの傾向である。日本企業は猫型クライアントでアメリカ企業は犬型クライアントと命名できるかもしれない。従って、パートナーが事務所を移籍すると一般的にはクライアントも一緒に移籍してしまう。

つまり、事務所としては利益を多くもたらすクライアントをしっかり確保しているパートナーを引き止めておく必要がある。例えば、年間10億円の売り上げがあるパートナーがクライアントと共に他の事務所に移籍すれば、事務所の経営も揺るがしかねない。つまり、彼らを怒らせないように、気を使う。事務所内での権力が違ってくるのだ。同じパートナーであっても、サービス・パートナーとは雲泥の差である。

このパートナーの格差が秘書たちにも影響を及ぼすことすらある。クライアントが多いパートナーの秘書がマネジメントに何か依頼するとすぐ処理してもらえることが、サービス・パートナーの秘書が依頼すると2日、3日余計に時間がかかったりすることもある。

英語は日本語のような敬語がなく、気軽にファーストネームで呼び合って皆フレンドリーに仕事しているように見えるが、クライアントを持つ者、持たない者との間に見えない壁が立ちはだかっている。