2013年9月30日月曜日

アメリカの法律事務所内ポリティクス

アメリカの弁護士事務所の規模はなんといっても大きい。100人弁護士がいても、大規模事務所ではない。大手事務所は最低でも500人、超大手になれば3000人弁護士が所属している。

弁護士は、自己主張が強く、目立ちたがり屋も多い。特に大手事務所の訴訟弁護士は、自分がリードカウンセルとして訴訟をやりたいと考えている。アメリカでは目立つことがクライアント獲得に必要である。有名な弁護士になることでアワリーレートも高くなる。

アメリカの弁護士は、同じ事務所内の弁護士どうしでクライアント獲得合戦をしている。何百人もの同じ事務所の弁護士たちが、自分の利益を第1に考えている。自分がエクイティーパートナーでないかぎり、事務所としての利益より、自分自身の利益が優先である。他の弁護士のクライアントを奪っても自分の利益を最大にしたい。自分のクライアントと利害が対立するケースを持つ他の弁護士を事務所から辞めさせてもいいから自分の利益を最大にしたい。

大きな事務所の中は多くの弁護士のこのような自己中心的な思惑で満ちている。
事務所内の弁護士の思惑や権力争いなどの問題をまとめて事務所ポリティクスと呼ぶことが多い。

日本人から見ると表面的には仲良くやっているように見える弁護士同士であるが、心の中では何を思っているか分からない。日本のように弁護士同士が夜飲みにいったりすることがほとんどないので、酔わせて本音を吐かせることも難しい。

事務所内で生き残っていくためには、事務所内の弁護士のドロドロした勢力争いとクライアント獲得争いに下手に巻き込まれないようにスイスイと泳ぎ抜き、事務所内での自分の立場を確立していく事が必要になる。それができない弁護士は最終的に事務所をさらなければならない。
まずは優良なクライアントの持つパートナーから仕事の下請けを頼まれるように努力することで、事務所で要求される年間のビラブルアワーを達成できることが重要である。しかし、そればかりではなく、最終的には自分のクライアントを獲得しなければならない。自分の知人が自分のクライアントになろうとした時に、パートナーに取り上げられられないようにしながら、そのクライアントとの関係を築いていけるようしなければならない。
パートナーになるためには、自分の経済的利益とプライドを満足させようとする弁護士達の思惑を分かった上で、魚雷にぶつかったり、地雷を踏んづけたりしないよう、上手に泳ぎ抜きながらクライアントとの信頼関係を築く必要がある。

これらの能力が長けていないと大手事務所のパートナーになるのは難しい。

つまり、大手事務所の弁護士として生き残るためには弁護士としての能力だけでなく、事務所内ポリティクスを熟知して、その中でうまく泳げる能力が必要だ。この能力は弁護士としての能力より要求される場合もある。

事務所内でのパートナーたちの勢力争いがどうなっているのか、どのパートナーにどんなクライアントがいて、どの程度稼いでいるのか、パートナー同士の力関係がどうなっているのかなど、他の弁護士とカジュアルな会話をしながら情報を収集する。その情報を最大限活用して、どのパートナーに近づいてどのパートナーから仕事を任されるのがいいのか、知人から仕事を依頼された時にどのパートナーにどのように話しを持っていけば、自分のクライアントとしてそのクライアントと信頼関係を築いていけるのか、パートナーからクライアントを盗まれたりしないですむのかといったことを学んでいかなければならない。逆に、パートナーからこいつは自分のクライアントを盗もうとしているのではないかという懸念を感じさせないように気をつけることも重要である。
自分にクライアントがついて事務所の中である程度力をつける前に、パートナーに目をつけられて追い出されてしまってはどうしようもない。

日本の場合、大手事務所が発達してきたのはここ10年くらいであり、日弁連や地方弁護士会の重鎮は、通常10人とか20人以下の弁護士がいる事務所であり、また、自分が事務所のボスという弁護士も多い。言葉でうまく説明できないが、大きな組織の中で泳いでいるアメリカ事務所のパートナー弁護士との違いを感じることが多い。ただ、日本の法律事務所も徐々に巨大化しており、事務所内ポリティクスを分かった上で、うまく泳げる能力がもっと要求されるようになるだろう。


2013年9月25日水曜日

今後は弁護士を目指すべきでないだろう ― たとえ司法改革がなかったとしても


司法改革の失敗により、法曹を目指す人が減ったと言われているが、司法改革がなかったとしても日本の弁護士を目指すことを人に勧めるかと聞かれれば、多分勧めないのではないかと思う。

バブル期の日本の人口はアメリカの人口の半分であり、第2の経済大国であった。当時、中国はグローバルな経済活動からは遮断された眠る大国であった。
現在日本の人口は、アメリカの人口の3分の1に近づいている。第2の経済大国の座を中国に譲り渡した。これから生産人口は激減する。優良な企業は日本国内より海外での販売を重視する。ソニーの新しいプレーステーションは日本で発売される3ヶ月も前にアメリカやヨーロッパで発売されることになっているそうだ。日本の企業ですら、日本市場を重要視しなくなってきた今、海外の企業が日本市場を重視するだろうか。最近の大企業は日本語が話せる外国人を多く採用している。

現在一時的に景気が良くなっているが、過剰な国債発行や少子高齢化等の根本的な問題が解決される兆しは全くない。東京オリンピックが終わった後あたりから、一時的に忘れられていた問題が再認識されるようになるだろう。

縮小していく日本でしか通用しないことだけを学んでもこれから30年、40年現役を続けなければならない若い世代が将来食っていけるかどうか疑問を感じる。海外でも通用する何かを持っている者と、日本でしか通用しないことしかできない者との格差が開くことは確実だろう。日本でしか通用しないことを仕事として食っていくためには、国家による保護主義的な政策と、国内だけで需要を充たせる人口が必要であるが、今の日本からそのどちらもなくなりつつある。

今後生き残るために英語ができることは必須条件で、さらにプラスして海外でも通用する専門分野を持つことが必要となる。その専門分野に関しては英語で説明できる能力が必要になる。

30年40年前は外国語ができることで個人が得られる情報にあまり差はなかったが、インターネットを通じてどのような情報も手に入れられる現在では、日本語しか分からないのと、外国語、例えば英語が分かるのとでは得られる情報が全く異なる。日本語しか分からないのでは文盲と同じである。同じはずの情報が日本語では不正確な場合もある。例えば、今日のニュースで、日本語では「東京エレクトロンと米アプライドマテリアルズが経営統合」となっているが、英語のニュースではすべて、「アプライドマテリアルズが東京エレクトロンを買収」と記載されている。随分ニュアンスが違う。英語が分かれば、アメリカの有名な大学の授業がYoutube等で無料で見ることができる。

インターネットの発達により、現在は離れた所からリモートで仕事ができる。場合によっては海外でも仕事ができるので、能力さえあれば、日本にいながら海外の会社の仕事をすることも可能である。逆に海外にいながら、日本の会社のために仕事をすることができる。つまり能力さえあれば、仕事の可能性が格段に広がる。反対に、今まで日本語という壁に守られていた仕事が海外に流出する可能性がある。つまり日本語しかできないことで仕事が得られなくなる可能性があるのだ。

今から弁護士を目指すというのは、日本でしか通用しないものを勉強することになる。かなり優秀でない限り、3年~4年という長い時間がかかるし体力も消耗してしまう。それにより、必須条件の英語と国際的に通用する専門分野を学ぶ時間と気力を失う人が多い。

これから30年、40年現役を続けなければならない若い世代のためになって考えると、たとえ法科大学院への学費などがなかったとしても、日本の弁護士は心から勧められる職業とは言いがたい。他の事を学ぶ時間を潰してまで目指すべき職業なのだろうかと疑問を感じないではいられない。

さらに付け加えると、今回の司法改革で十分認識されたと思うが、弁護士というのは、国が制度をいじっただけで、路頭に迷ってしまう者が多く出てしまうような職業である。日本の法制度変更によって日本での外国弁護士の活躍の場がさらに増えれば、日本でしか通用しない日本の弁護士資格のみによって食べていくのはますます大変になるだろう。


最後に付け加えると、アメリカの弁護士資格と違って、日本の弁護士である旨を名刺に記載するには、強制加入である弁護士会に所属し、年間60万円から100万円の弁護士会費を支払わなければならない。アメリカの弁護士資格であれば、単に名刺に「弁護士」と記載するために登録したとしても、経費はほとんどかからない。例えばニューヨーク州は2年間で、375ドル、つまり4万円弱である。つまり、日本の弁護士資格を資格として使わない人が名刺に「弁護士」と記載して対外的に交渉相手からの信頼を得るというという目的で登録しておくにはあまりにも経費が高く、使い勝手が悪すぎる。年間60万円を40年支払い続けたら2400万円になるが、日本の弁護士であることにそれだけの価値があるだろうか。経費がかかりすぎるから弁護士資格を得ても登録する予定はないという人がいるかもしれない。しかし、最初から弁護士登録する予定がないのであれば、法曹資格を目指す意味があるのだろうか。名刺に弁護士と記載することもできないのだから。

2013年9月19日木曜日

恐るべきアメリカ弁護士のチャージ

クライアントに対するPre-billをチェックしていたところ、進行していないケースに関してチャージがついているのに気付いた。何故チャージ時間がついているのかと不思議に思って内容を確認すると、ある弁護士が、私と事件に関してコンファレンスをしたとして0.4時間つけていた。0.4時間と言っても馬鹿にならない時間である。彼のアワリーレートは750ドルだからだ。300ドルになる。
そういえば、チャージをした弁護士と「あのケース進行が止まっているけれども・・・」という世間話をしたのを思い出した。それも3分くらいである。0.4時間は、24分であり、実際にかかった時間の8倍である。

普段不機嫌そうにしているその弁護士が、やたらニコニコと話しをしてくるなあとは感じていた。こういうことだったのか。私と話している時間をクライアントにチャージできると思ったのか。

このようなチャージをする弁護士は淘汰されると思うかもしれないが、そうでないのが怖いところである。アメリカの法律事務所はこのような弁護士をむしろ歓迎しているようである。チャージ時間が一定時間に達しない弁護士は事務所を追い出される。弁護士達は必死になってチャージする。パートナーは自分のクライアントでなければ、かまわずチャージする。そのクライアントが逃げていっても、自分のクライアントでないからかまわないのである。それより、目先のチャージ時間数達成の方が大事である。それによって、自分のボーナスなどが決まるからである。実際、リーマンショックの際に、パートナー以外の弁護士に関して言えば、仕事を早く済ませてチャージ時間が少ない弁護士はリストラされ、時間をだらだらとつける弁護士が生き残っていた。

事務所を辞めさせられる恐怖、一度得たステイタスを失う恐怖は人間の良心を蝕んでいく。ここで書いたことはたかが300ドルであるが、誰も注意しないと、これがどんどん膨れ上がるのである。また、同じ案件に係わる複数の弁護士が少しずつでも毎日、多めに時間をつけていけば、不当な時間数はどんどん膨れ上がる。

大手事務所はすべて同じような経営方針をとっているので、どの法律事務所に依頼しても多かれ少なかれ同じようなことが起こる。高すぎるからといって淘汰されないのである。アメリカではディスカウントしてる小規模事務所の信用性は低く、ある程度の規模の企業になると、弁護士のノルマの厳しい大手事務所に依頼せざるを得ない。



2013年9月11日水曜日

コネがあるのも実力のうち ― アメリカ法律事務所就職にもコネは重要

日本人は「アメリカは実力主義だ」というが、「コネがあるのも実力のうち」と考えれば、それは正しいが、コネは実力に含まれないと考えているのであれば、それは間違っている。

コネというと聞こえが悪いが、コネクション、ネットワークと言えば分かりやすいかもしれない。例えば、日本の新人弁護士が即独立してもネットワークがないので仕事が来ないという場合、当たり前のことを言っているに過ぎない。

ここで言っているコネとは、ビジネスに有利となるコネである。

例えば、アメリカ流に考えると、日本で批判される天下りはビジネス上合理的な慣行である。天下りを受け入れることで、元官僚が官僚時代に築いた人脈が会社のビジネスに役立ったり、将来の天下りを期待する官僚から不利な扱いを受ける可能性が低くなるかもしれないからだ。

アメリカの法律事務所に就職する場合に、トップレベルのロースクールを優秀な成績で卒業したという本来の能力的な部分を強調して就職活動に挑む人は多いが、事務所に多大なビジネスを引っ張ってこれるコネがあるという実力に頼って就職活動に挑む人もいる。例えば、「自分は大手企業の法務部長と強力なコネがあり、その企業は自分が就職した法律事務所に仕事を依頼する」とその法務部長が書いた推薦状を持参して就職活動をした場合、かなりの法律事務所が採用を考慮するであろう。
また、法務部の重要なポジションにいた人物が法律事務所に就職活動してきた場合、それがビジネスにつながるとして、その人物の実力自体はあまり考慮せずに採用する可能性はある。

要するに、合法的にビジネスを引っ張ってこれる能力があれば、それは実力のうちとみなされて、就職ができるのである。

逆にビジネスに有利とならないコネは、コネ以外の実際の能力が伴わない限りあまり役に立たない。例えば、パートナーが三流のロースクールを普通の成績で卒業した息子を自分の所属する事務所に就職させてくれと言っても、他のパートナーの反対によって実現するのは難しいだろう。もし、オーナー弁護士がオーナーとしての特権をかざして周りの反対を押し切って馬鹿息子を多額の給料を払って採用したとしよう。クライアントを多く持っているビジネス上手な弁護士が他の事務所に移籍してしまうだろう。

ロースクールの1年のコースであるLL.M.のみを取得してもアメリカの事務所で就職できないが、3年のJDコースを出ると就職できると考えている人がいるようだが、日本人にとってそれはあまり当てはまらない。
十分なコネクションとネットワークがあるLL.M.修了者とネットワークがないJD修了者がいれば、十分なコネがあるほうが絶対的に有利である。

ネットワークのないJD取得者が、アメリカ大手事務所に就職できたとしても、将来的にネットワークを広げてクライアントが自分についてくるという状態を作り上げられなければ、最終的には事務所を辞めるか、企業内弁護士のポジションを探すことになるだけである。

日本で生まれ育ってアメリカの大手事務所のパートナー弁護士になっている人は何人か知っているが、日本で大学を卒業して就職してコネを築いた後に渡米し、LL.M.のみ取得して弁護士になっている人が意外と多い。
最終的にはコネがないとビジネスにつながらないので、パートナーとして続けていけないのであろう。

コネがあるのも実力のうちである。

2013年9月4日水曜日

アメリカ弁護士資格は名刺の飾り?


法科大学院を卒業して、就職口が見つからずに、いわゆるノキ弁(事務所の軒先を貸してもらっているだけの原則事務所から給料をもらわない弁護士)をしている新人弁護士が、アメリカに留学してアメリカの弁護士資格を取得したいと熱く語っていた。どうやら、その弁護士には色々な誤解があるようである。同じような誤解をしている弁護士のために、幾つか問題点を列挙しておこう。

アメリカに留学してロースクールでLL.M.の学位を取得すること、ニューヨーク州の弁護士資格を取得することは資金さえあれば案外簡単であるが、修習もなく、比較的簡単な司法試験に合格したところで、「ニューヨーク州弁護士」は名刺の飾りに過ぎず、実務に関する知識は限りなくゼロに近い。

では、日本の四大大手事務所所属の弁護士のようにアメリカの事務所で研修させてもらえばよいと思うかもしれないが、そんなに甘くない。日本の大手事務所の弁護士がアメリカの大手事務所で1年間研修をするが、それは、その日本の事務所が既にそのアメリカの大手事務所に仕事を依頼しており、米国事務所はお客様の要求なので研修を受け入れているに過ぎない。大手事務所所属であっても、パートナーが直接研修をお願いしない限り、研修できない。つまり、なんらコネがないノキ弁には、米国事務所で研修できる可能性は限りなくゼロに近い。たとえ、親などのなんらかのコネを通じて研修先を見つけたとしても、個室を与えられて放置される可能性が高い。日本の弁護士事務所と違って、全ての弁護士が個室を持っているアメリカでは「門前の小僧習わぬ経を読む」というような研修の仕方は無理である。一緒に働かせてもらわない限り、他の弁護士が何をやっているのか全く分からないからである。

アメリカ弁護士資格があっても実務に関する知識はゼロに近いので、研修なしに日本に帰ってきて、渉外事件の経験弁護士のいない事務所で、自分は渉外事件も扱えますと宣伝してそのような事件を扱うことは弁護過誤にもなりかねない危険を伴う。また、渉外事件のあるような比較的規模の大きな会社は、渉外の経験のない小さな事務所に事件を依頼するといった危険を冒さない。つまり、未経験のまま渉外ができますと宣伝しても仕事が来ないだろう。

LL.M.の学位を取得してニューヨーク州の弁護士資格を取得するすれば、ある程度英語の判例を読めるようになるが、日本に帰ってきて英語にも接しないような仕事をし続ければ、1年間学んだことは、あっという間に過去のことになる。

留学後渉外をやっている事務所に就職しようと思っても、修習直後に大手事務所に就職できた弁護士であっても留学後に場所がないような人がいるのに、一旦ノキ弁になった弁護士に敗者復活の可能性はほとんどない。

最近、司法試験予備校で、LL.M.留学講座のようなものがあるようだが、修習直後の就職がうまくいかなかった弁護士がさらにお金をかけて留学しても期待した結果が得られるのかかなり疑問である。法科大学院になってから収入源の減った予備校が、さらなるビジネスチャンスを求めてLL.M.留学を奨めているのかもしれない。米国弁護士という名刺の飾りのために、600万から800万円もかけて留学するのはコストパフォーマンスが悪すぎる。特に、既に法科大学院と貸与制で浪費した600万円の回収見込みもない弁護士にさらにこれだけの出費を要する道を奨めるのは、どうかと思う。