アメリカの弁護士事務所の規模はなんといっても大きい。100人弁護士がいても、大規模事務所ではない。大手事務所は最低でも500人、超大手になれば3000人弁護士が所属している。
弁護士は、自己主張が強く、目立ちたがり屋も多い。特に大手事務所の訴訟弁護士は、自分がリードカウンセルとして訴訟をやりたいと考えている。アメリカでは目立つことがクライアント獲得に必要である。有名な弁護士になることでアワリーレートも高くなる。
アメリカの弁護士は、同じ事務所内の弁護士どうしでクライアント獲得合戦をしている。何百人もの同じ事務所の弁護士たちが、自分の利益を第1に考えている。自分がエクイティーパートナーでないかぎり、事務所としての利益より、自分自身の利益が優先である。他の弁護士のクライアントを奪っても自分の利益を最大にしたい。自分のクライアントと利害が対立するケースを持つ他の弁護士を事務所から辞めさせてもいいから自分の利益を最大にしたい。
大きな事務所の中は多くの弁護士のこのような自己中心的な思惑で満ちている。
事務所内の弁護士の思惑や権力争いなどの問題をまとめて事務所ポリティクスと呼ぶことが多い。
日本人から見ると表面的には仲良くやっているように見える弁護士同士であるが、心の中では何を思っているか分からない。日本のように弁護士同士が夜飲みにいったりすることがほとんどないので、酔わせて本音を吐かせることも難しい。
事務所内で生き残っていくためには、事務所内の弁護士のドロドロした勢力争いとクライアント獲得争いに下手に巻き込まれないようにスイスイと泳ぎ抜き、事務所内での自分の立場を確立していく事が必要になる。それができない弁護士は最終的に事務所をさらなければならない。
まずは優良なクライアントの持つパートナーから仕事の下請けを頼まれるように努力することで、事務所で要求される年間のビラブルアワーを達成できることが重要である。しかし、そればかりではなく、最終的には自分のクライアントを獲得しなければならない。自分の知人が自分のクライアントになろうとした時に、パートナーに取り上げられられないようにしながら、そのクライアントとの関係を築いていけるようしなければならない。
パートナーになるためには、自分の経済的利益とプライドを満足させようとする弁護士達の思惑を分かった上で、魚雷にぶつかったり、地雷を踏んづけたりしないよう、上手に泳ぎ抜きながらクライアントとの信頼関係を築く必要がある。
これらの能力が長けていないと大手事務所のパートナーになるのは難しい。
つまり、大手事務所の弁護士として生き残るためには弁護士としての能力だけでなく、事務所内ポリティクスを熟知して、その中でうまく泳げる能力が必要だ。この能力は弁護士としての能力より要求される場合もある。
事務所内でのパートナーたちの勢力争いがどうなっているのか、どのパートナーにどんなクライアントがいて、どの程度稼いでいるのか、パートナー同士の力関係がどうなっているのかなど、他の弁護士とカジュアルな会話をしながら情報を収集する。その情報を最大限活用して、どのパートナーに近づいてどのパートナーから仕事を任されるのがいいのか、知人から仕事を依頼された時にどのパートナーにどのように話しを持っていけば、自分のクライアントとしてそのクライアントと信頼関係を築いていけるのか、パートナーからクライアントを盗まれたりしないですむのかといったことを学んでいかなければならない。逆に、パートナーからこいつは自分のクライアントを盗もうとしているのではないかという懸念を感じさせないように気をつけることも重要である。
自分にクライアントがついて事務所の中である程度力をつける前に、パートナーに目をつけられて追い出されてしまってはどうしようもない。
日本の場合、大手事務所が発達してきたのはここ10年くらいであり、日弁連や地方弁護士会の重鎮は、通常10人とか20人以下の弁護士がいる事務所であり、また、自分が事務所のボスという弁護士も多い。言葉でうまく説明できないが、大きな組織の中で泳いでいるアメリカ事務所のパートナー弁護士との違いを感じることが多い。ただ、日本の法律事務所も徐々に巨大化しており、事務所内ポリティクスを分かった上で、うまく泳げる能力がもっと要求されるようになるだろう。