アメリカでは大手事務所が潰れることも珍しくない。記憶に新しいのは、Dewey & LeBoeuf LLPという一時期1400人近くの弁護士が働いていた事務所が2012年5月に破産申立をしたというニュースである。2012年2月末頃からクライアントを多く抱えるパートナーが事務所を移籍し始めているという話がアメリカ法曹界でささやかれるようになった。その後事務所の資金繰りが悪化しているとのニュースが流れ、2012年の3月4月にはクライアントを持つパートナーが大量にクライアントと共に他の事務所に移籍し、あれよあれよという間に、クライアントのいないパートナーとパートナーに連れ出してもらえなかったアソシエイトとスタッフ、家賃等の固定費の支払債務などが残り、事務所は事実上崩壊した。
「1400人も弁護士がいた事務所が破産するの?」と驚くかもしれないが、私がアメリカで弁護士になってから私の知人の勤めていた事務所が3つ崩壊した。訴訟の相手方を代理していた弁護士が所属する事務所が訴訟の途中でなくなったことすらある。全て少なくとも200人以上弁護士が所属していた事務所である。あの事務所は危ないと言われつつかろうじて生き残っている事務所も幾つか知っている。
巨大法律事務所が何故簡単につぶれてしまうのか分析することは難しい。Dewey & LeBoeuf LLPが危ないとささやかれてから事実上崩壊してしまうまでは2ヶ月半程度と本当に短かった。その間、他の事務所と合併しようとしたらしいが、合併の交渉が継続している最中にも優良なクライアントを多く持っているパートナー、つまり事務所への収益の大きいパートナーが、優良なクライアントと共に他の大手事務所に移籍してしまった。これでは合併の話もまとまらない。なぜなら、合併先の事務所が魅力に感じているのは、知名度の高いパートナーとそのパートナーが持つ優良なクライアントを獲得することだからである。
法律事務所はどれほど大規模化しても株式会社ではなく、パートナー制をとっているところが多い。つまり資産等を公開する必要がないのである。そこで、事務所内のパートナーですら、資金繰りが悪化していたということを最後の最後まで知らされないということも多い。
アメリカの大手法律事務所に行けば分かるが、外観が素晴らしく、「うちの事務所はクライアントもたくさんいて儲かっている事務所だから安心して御依頼ください」というスタイルである。資金繰りが悪くなりはじめても、オフィスの縮小、安いビルへの移転を拒む傾向にある。そんなことをすると、業績が悪化したとの噂がネット等に流れ、クライアントが離れる可能性もあるからだ。
資金繰りが悪化したということがパートナーに知れ渡ると、皆、沈みかかった船から飛び降りて他の船に乗ろうとする。しかし、他の船もこの不況時にそう簡単には新たな人間を乗せたがらない。大型の魚を沢山釣る能力のある人しか乗せないのである。つまり、優良なクライアントを多く持って乗り込んでくるパートナーのグループのみ歓迎するのである。
すると、クライアントを失った大手事務所がその看板と共に固定費の支払いという債務だけ背負って置き去りにされる。